2011年8月9日火曜日

良く学び、よく休め

気付けばもう3カ月。
瓦礫に見慣れ、すっかり片付いた街の中を

「すごいですね。」

と言う新人ボランティアの方々と全く共感できない今日この頃。

みなさん、いかがお過ごしデスか?

私は、毎日、只ただ、忙しい日々を過ごしています。
毎日頭をよぎるのは、「ボランティアとは何ぞや?」

炊き出しボランティアの調理補助で戻った『さんさんの会』。
厨房に入っていられたのはほんの2週間。
あっという間に事務方に回され、今じゃ人生で最も経験したくなかった、会社で言うところの中間管理職的なポジションに収まってしまった。

集団が大の苦手な私にとって、何年振りかで感じるストレス。
個性と統率の狭間で、私は毎日もがいています。

自分がいかに愚かであったか?という事と、
世の中には本当に色んな人がいるんだな。という事    。

ボランティアに来る人にもにも色んな人がいる。

私とスタンスが違うのは当たり前の事と受け取るが、ここが被災地である事を理解しているのか?と疑問を抱く事もしばしば。。。

厨房でどんぶりを1500個洗っていた時、拭き上げの布が濡れてしまい足りなくなった時に、

「ここには乾燥機付きの洗濯機はないのかしら?」

と言った女性がいた。

トイレの洗剤を1階と2階で共用していると、

「1階と2階を行ったり来たりするのはしんどいから、2つ買って下さいよ。」

と毎週山登りに出かけるおっさんが言った。

その度に、

「すみません、うちは全て寄付でやってますからそんなに簡単には用意出来ません。ごめんなさい。」

と謝る。

陸前高田に行っては感極まって夜中まで語る人々。
今問題にすべきは震災の悲惨さではなく、復興の遅さなのに。
助けに来たのか、観光しに来たのか。。。
隣では寝ている人もいるのに、酒宴は遅くまで繰り広げられる事もある。

1つの作業が終わると何もせず、何も聞かずにたたずむ人々。
後で聞くと

「指示がないから。」

と言われる。

作業をお願いすると

「やり方が分からないからできません。」

と返事される。

かと思えば、勝手に指示を出す人が現れたりする。

空いてる時間をボランティアに。

素敵な考え方だと思う。

しかし、被災者なくして震災ボランティアは存在しない。

被災者から信用を得るのにどれだけの時間を要したか。

ボランティアを立ち上げたメンバーは全員地元市民。
そんな彼らでさえ初めは苦労していた。

全国からの支援を得るまでは、自らの財産を使っていた。

彼らがいなければ、このボランティア団体は存在しないのに。。。

この頃、避難所を離れた被災者の方々から、様々な困難を聞くようになった。

「避難所にいた方がまだまし。」

という声の多さに今後の支援の重要性を感じるが、果たして今のままで支援を続けらるのか?という不安が沸くようになった。

8月末でボランティアの活動を終了する私。

今、自分が何をして、どうあろうとするのかが大きな課題なのであります。

ボランティアとは何ぞや?

再び疑問が頭をよぎる。

沢山のボランティアを受け入れていく内に、ボランティアする姿はその人となりを表すのだろうと感じるようになった。

残念な出会いもあったが、有り難い出会いも沢山あった。

キャリアのある料理人であるにも関わらず、厨房の整理を物も言わずずっとやり続けた人。

朝の連ドラの出演者であるにもかかわらず、黙って野菜を切る女優。

県議会議員なのに、ごみ捨てをかってでる人。

役人のキャリアにも関わらず、毎日トイレ掃除していた人。

積極的な若者達。

現地では思ったより役に立たなかったと言いながら、地元で物資を集めてくれる方々。

何度も戻って活動してくれる人々。


「ここに来て良かった。」


そう言って帰っていくみんな。

多くの人々に多くの事を教えて貰いました。

それらを振り返れば、自分がここへ来た本当の意味も見えてきます。

震災から間もなく5カ月。

走り続けたボランティアの活動にも一旦の終止符を打つ時がやって来ました。
ギリギリまで酷使した体は、もう無理が利かず、余裕をもった仕事が出来ないのが現状デス。
今回の一番大きな反省点は休まなかった事。

 誰に反対されてもみんなが休養を取る時間を、もっと早くに作れば良かったと思う最近。


ボランティアは体が資本。


学びと休養がここでは最も大切にすべき事なのだと実感した私でした。